エッセイ / 拡張性の概念が捨てる、物理的な制約の記述について
「スケーラビリティ」という言葉が覆い隠す、リソースの増分と摩擦
ITの現場において「スケーラビリティ」という言葉は、システムの拡張性を指す際に頻繁に用いられる。負荷が増大した際に、リソースを投入することでそれに応じられる能力のことだ。しかし、この言葉はしばしば、リソースの投入量と処理能力の相関関係を曖昧にする。
理想的なスケーラビリティは、負荷の増加に対してリソースが線形(1:1)に増える状態を指す。しかし、現実のシステムでは、通信のオーバーヘッドやデータの整合性を保つための同期処理により、リソースの必要量は非線形に増大することが多い。負荷が10倍になったとき、リソースが10倍で済むのか、あるいは20倍必要なのか。この「指数」や「係数」が欠落したまま「スケーラブルである」と記述されることに、私は違和感を覚える。
また、この言葉はリソースの「離散性」を隠蔽する。クラウドサービスにおいて計算資源を確保する場合でも、CPUのコア数やメモリの容量は、0.1単位ではなく、整数値や特定の規格に基づいた単位で増分される。グラフで描けば滑らかな曲線ではなく、階段状のステップを描くはずのコスト曲線が、「スケーラビリティ」という一言によって、あたかも連続的な変数であるかのように錯覚される。
物理的なサーバー室の騒音が、サーバーの増設に伴って、一定のステップで増大していく様子を思い出す。そこには滑らかな変化など存在しない。数値に基づかない「拡張性」という言葉は、その背後にある摩擦や、急激なコストの跳ね上がりを、記述の対象から外してしまう。
あなたが「拡張できる」という言葉を聞いたとき、その背後にある「増分の単位」を想像することはありますか。
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